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みんな安心の新卒採用 アウトソーシング

業態や業種の異なる会杜に移っても、経営を請け負って会社の業績を上げ、株価を上げるよう、自分を訓練しています。 つまり「いつどこに行っても」という姿勢が当たり前ですし、組織のほうも人材が流通するものという感覚で仕事を組み立てるわけです。
企業のトップでさえ、アメリカの売上高上位一〇〇社の企業のうち、何割かは外部から来たCEOです。 一割以上がいきなりCEOとしてスカウ卜されて移っていて、三割が上級幹部としてヘッドハン卜されて、昇進してトップになったCEOだと言われています。
ヘッドハンテイングの会社は通常クライアントの会社とコンサルティング契約を結び、その会社のビジョン、経営戦略や長期的展望についていろいろとお話をうかがい、会社の理解を深めさせていただきます。 会社の長期的展望とビジョンにのっとって、さしあたっての求める人材の条件を話し合い、アドバイスし、クライアントと合意ができたところで、候補者を見つけ出していきます。
ポストにもよりますが、だいたい数人から数十人の候補者を選び、クライアントの企業と相談しながら対象を絞り込んでいき、ある程度絞り込んだところで候補者に接触していきます。 ちなみにヘッドハンテイングという言葉は欧米ではあまり使われず、もっぱらエグゼクテイブサーチという呼び方をします。
人間をハンテイングするという、やや乱暴なイメージを嫌うのかもしれません。 日本でも上級ビジネスマンの転職市場が誕生しつつある「あるなしクイズ」というものがありますね。

「〇〇にはあって、××にはないもの何だ?」という、アレです。 「はじめに」で申し上げたように、「アメリカのビジネス社会にはあって、日本のビジネス社会にはないもの」は、上級ビジネスマンの流通市場です。
日本の場合、そこに行けば欲しい人材を見つけられる、という市場、マーケットが整備されていないのです。 ですから日本の経営者や企業が何か新しいビジネスをスタートしようとするとき、資金も情報もモノも集まるのですが、それを統括してビジネスを運営していく肝腎の人材が見つからないことがよく起こります。
例えば欧米の企業が日本に進出してくるとき、彼らはまず最初に日本でのトップを決めます。 私どもの縄文アソシェイツやその他のエグゼクティブサーチ会社に依頼して、その国の国民性、文化、慣習、企業慣行なども考慮した上で、しかるべき人材をスカウトするのです。
日本企業でもエグゼクティブサーチ会社を利用する企業も増えてはきましたが、ヘッドハンターの世界まだまだ多くの場合は経営者仲間のツテを頼ったり、メーンパンクから人を送ってもらったり、海外に進出するときも「〇〇部長がそろそろ海外に出てもいい年だ」などという理由で決めたりしているのではないでしょうか。 ビジネスの成功に何より必要なのは人材であるという点から見ると、この差は非常に大きいといえます。
九〇年代という過去一〇年間を振り返ってみると、日本経済が低迷していたのと対照的に、アメリカ経済は非常に強くなりました。 アメリカの強さを支えているのは情報通信産業革命だと言われます。
でも実はもう一つ、ホワイトカラーの流動化が非常に進んだということもあるようです。 実はこれを担うエグゼクティブサーチ、ヘッドハンティングの会社は、欧米でもこの八〇年代後半から九〇年代に業として急速に伸び、とくにアメリカでは、極端に言うと毎年倍、倍、倍ぐらいに伸びています。
この一〇年のアメリカの圧倒的な強さは、こうしたホワイトカラーの流通マーケットが整って、ハイポテンシャル(将来的に伸びる可能性や能力を持っている人間のこと)な人材が、適材適所に配置され、能力を最大限に発揮していることが大きいのです。 その結果、アメリカ全体の国力がアップしているのです。
日本は残念ながらその対極の世界にありました。 戦後半世紀にわたって終身雇用と年功序列の歴史が続いたために、ホワイトカラーの転職は非常なリスクを伴うものでした。
サラリーマンはいったんピラミッド組織に組み込まれたら、その歯車として定年まで人生を送るのが普通でしたし、転職は限定された職種・業種で起こることでした。 また、倒産やリストラで転職の必要が出ても、長いことその組織の企業風土やシステムしか知らないために、いったんその組織を出たら、他の組織で通用しない人材があまりに多くなってしまったわけです。
ですから流通させようにも、市場に出たら値がつかない、「大手商社に三〇年いるから年収一五〇〇万円だけど、外に出たら年収入〇〇万円くらいかな」とか「今は部長でもちょっとよそでは通用しないですね」という人材が多くなってしまったのです。 しかしそんな現状にはおかまいなく、経営環境の急激な変化のために、日本でもどんな組織にいてもパフォーマンスを上げられるビジネスリーダーが必要になってきました。
アメリカのCEOやエグゼクテイブのように、またプロスポーツの選手やコーチのように、プロとして契約して、報酬に見合ったパフォーマンスを上げられる人を、自分たちの組織の中で育てるだけでなく、外から積極的に連れてこようという動きになってきているわけです。 また、雇用される側、働く側でも、一つの組織に一生ご奉公しようという人は少なくなって、自分の能力をより発揮できるところを求めるようになりました。

つまり日本にも、組織の側でも働く個人の側でも、人材が流通するシステムが必要になってきているのです。 「値段」があるからヒトもモノも流通するヘッドハンターの世界ヘッドハンターはビジネスマンに値段をつけるのが仕事の一つです。
モノが流通するには必ず値段が必要です。 経済は、需要と供給が結びつき、モノや情報の流通がスムーズになることで発展していきます。
歴史の示すとおり、人の集まるところに市ができて物々交換ができ、度量衡が統一され、貨幣ができ、共通の単位と相場 や標準価格という一定の基準が出来て、そうして初めてすべての流れがスムーズになってゆきます。 これは人材も同じで、流通の必要性があるものには、相場や値段が出来てくるのです。
プロスポーツの選手やコーチなどがいい例で、人間も、プロと呼ばれる人には、その正当な値段が非常に重要になってくるのです。 ビジネスマンもプロ化すればするほど、ヘッドハンターの値付けの能力、鑑定力が必要になるわけです。
ビジネスマンの値段も、どこで仕事をするのであれ、どれだけパフォーマンスを上げられる能力があるかで、長期的には一定の幅に落ち着いていきます。 市場価格が形成されることになり、さらに流通がスムーズになり、市場が拡大していくのです。
市場価格はあくまでも流通できる商品につきます。 つまりよそでも必要とする会社がある、買い手がいるということが前提であって、いくらある会社の中でポジションが高くても、ほかに買い手がいなければ、市場価格はゼロです。

大手銀行の部長職で年収一七〇〇万円でも、あるとき何らかの理由でそのポストを失ったとして、そこで初めて「この年でどこに就職できるか?」「年収はどのくらいになるだろう?」と具体的な可能性を考えます。 そうなって初めて自分が会社から離れても使い物になるか、市場価格がつくのか、自分の値段はいくらになるかを意識するわけです。
このとき、よその会社でも同じ一七〇〇万円とれる人はめったにいません。